前回の教育長の話、費用が高くなるかもしれない、
あるいはかならずしも全員いかなければならないということもない、などの発言がどうにもひっかるので、
教育長に1対1で個人的に真意を確かめに行った。
推進された村長、教育長がいるのならむりをしてでも約束通りの費用ですすめられるだろうが、ということ、
まあ、わからんではないが、京都修学旅行と同じ費用だからどうか、NZにいかせてほしいとなかば懇願状態だった。
いいたくはないが、そうして、保護者も生徒も半数近くがNZより京都とおもっていたのに、
NZに無りっこさせられたと私は思っている。
なのに、なのに、いまになって、ねあげもありうるでははなしがとおらんじゃないねえ。
そのへんはよおっく村にも新村長にもつたえるとはいわれるが、やっぱし、わからんものはわからん。
新長ふたりもえらい荷物をしょわされたとは思う、たしかにね、ひきつぎというものは、かわいそうだよね、
だけど、やっぱし、世の中はまわしていかねばならない。
で、よ、そんなことと関係なく、むりっこ、いくことにさせられた、
うちらはどうなるんじゃい。
前長ふたりとも、個人的に私たちと約束したわけじゃないと思うよ。
村の看板しょっていたわけでしょう。村のかんばんしょって、約束したんだから、これやぶったら、詐欺みたいなもんよ、
と、私は思う。
んで、もし議会でこのことがとおらないのなら、わたしゃあ、参考人とか、意見陳述とか、
なんかわからないけど、きっぱり議会で意見を言うぞ、と、いうことを述べた。だって、へんだもん。
で、一つ思うこと、あの場にいた保護者ってこういうことおかしいと思わないのかなあ。
それも私には不思議だよ。
何万かふえたっていいやなんて太っ腹なのか、
もったいないけど、まあ、おとなしくあいておこう、あるいはいえないって感じか、
はたまたNZにいかせたいがさきにたっているのか、
鈍感なのか、
おとなしいのか。
なんにつけても、いまの日本人て鈍感だなあ、と思うよ。
アメリカにのこのこ金魚のうんこで自衛隊くっつけても、知らん顔。
高速道路は日本の未来に必要だ、日本の発展のために必要だとあほみたいに唱えるめがねのおっさん
(その前にあんたの言うとおりにしていたら、日本の未来はなくなるよ)、
公的融資をうけた銀行の役員が高い退職金もらっても、なあんもおとなしくやられっぱなし。
すべてのことに鈍感すぎる。遺伝子組み換えの輸入飼料腹一杯くって飼い慣らされたブロイラーみたい。
腹一杯食ってりゃあ人間おとなしくなるものなのか。
ブロイラーといえば、かわいがった鶏、しめてたべるのはかわいそうだとか。
食べ物は育てて食べるが、古今東西人間にとっては、基本だと思うよ。
あっもちろん、狩猟や採集だけど、昔昔のその昔は。
私たちはさまざまな生き物を犠牲にしてその上で生きているわけで、
そのことをよくかみしめていかなくちゃあ、いけないいんじゃないのかな。
子供も大人もそのへんのとこは絶対しっていなくてはいけないでしょう。頭じゃなくて体で、
だって、それが人が生きていくための現実なんだから、しかたない。
現実は現実と受け止め、なるべく無駄な殺生をしないよう心がけるべきでしょう。
たべものをむだにすればそれだけ無駄な殺生もふえる。
世間には食物が氾濫している。毎日たくさんの食物が無造作に捨てられている。こっちのほうが私にはとっても残酷に思える。
まあ、捨てようが、食べようが、肉にとっては関係ないだろうけど、私たちの問題よね、
食べ物を大切にするとか、命をありがたくいただくとか、私たち人間の問題。
それがひいては、人間どうしの命の駆け引きにもかかわってくるんじゃないのかな。