もうすぐ中間試験が始まるそうです。中間試験まで、家で勉強するスケジュールを決めて親がコメントを書いたものを提出しました。
 いつあるのと訊いても知らないとか、いい加減なことをいっていたので、6月になってからかと思っていたら、5/26日だそうだ。
 一日だけだそうだ。私たちの頃は何日にもわたってあったような。
 確かに、一日あれば十分試験はできる。ならば、なんであんなにながったらしく試験日ってあったのかしら。
 順番を決めたり、ということはいまでもあるらしい。そんなこんなをはなしているうちに、だれかは一番になったら、一万円もらえとか。とうぜん、もらえるのは子どもで、払うのは親だろう。
 いったい、自分の子が中間試験で一番になることが、どれだけの生産性を生むのか。子どもが家の手伝いをしたからといってお金を出す親がいるけど、それも反対だ。親も子も一つの家のなかで共同生活をしているわけで、その家のなかでさまざまな労働にあたるのは、とうぜんのことだ。しかし、家の手伝いならば、まだ少しは生産性がある。
 子どもは親のために勉強するわけじゃない。試験のために勉強するわけでもない。高校や大学に受かるために勉強するわけでもない、そのへんを勘違いしてるから、金をちらつかせて勉強させようなんてばかなことを思いつくのじゃないだろうか。
 はたまた1万円なんて中学生にとっては大金のはずである。最近の子は大金とおもっていないようだけど、1万円はとっても大金であるべきです。
 たかが、42人のなかで1番になるなんて、うんとがんばれば、たいしてむずかしいことじゃない。そんな簡単なことで1万円も払う親がいるなんて、子ども達のお金に対する感覚がどんどん麻痺してしまうじゃないだろうか。
 麻痺しているから、平気で5000万も恐喝するやつがでてくるんだろう。
 今の世の中、お金がなくちゃつらい、きれい事は言いたくないが、なにもかも、お金でわりきってしまったんじゃあ、やっぱちょっと間違ってると思う。
 どうして、試験をしなくちゃいけないかとか、もっと本質的なことを考えていこうよ。

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