P r a g
歴史的建造物の多いチェコは「百塔の町」として知られ、美しい街並みは世界遺産にも登録されています。
プラハでは歴史的建造物を大切にしているため、古くなっても壊さず何度でも修復してそのままの姿を
保たせています。何百年も前の歴史的著名人が、自分と同じ場所をほぼ同じ風景を見ながら歩いていた
ことを想像すると、ちょっとワクワクしませんか?
■ モルダウ川沿いからのプラハ城
城の西側には、かつての貴族の館が点在し、今日その多くが博物館や官庁の建物となっています。
19世紀末からは芸術家や作家たちが好んでこの場所に住んだそうです。
プラハ城内には聖ヴィート大聖堂をはじめ、博物館や教会、中世の図書館として知られるストラホフ
修道院などのみどころが沢山あります。
■ ストラホフ修道院
1140年にボヘミア王ヴラディスラフ1世によって建てられました。
通常の2階分はある、天井まで本が詰まった “ 哲学の間 ” は
歴史の重みを感じました。
蔵書は約13万冊にものぼり、中には古い手書きの書物も含まれています。
哲学の間は、18世紀後半に造られた部屋で、高さ14mです。
進学の間へ通じる廊下の突き当たりに、修道院内最古の写本が置いてあり
ました。9世紀にラテン語で書かれた福音書で、宝石が散りばめていて
とても綺麗です。
■ ロレッタ教会
1735年に建造された
聖母マリア教会。
回廊に囲まれた中庭の
中央に “ 聖なる家 ” が
あり、内部にはマリアの
生涯を描いた壁画や祭壇
木彫りのマドンナがあり
ます。宝物殿には宗教儀
式に使われていた典礼用
品が展示されています。
■ 聖イジー教会
プラハで最も保存の良いロマネスク建築物。
920年に木造の質素な教会を建てたのが
始まりで、今日の教会は1142年に再建さ
れました。歴代の修道院長を、王の親族が
務めたため、修道院は発展してゆきましたが
18世紀後半の修道院廃止の法令に従い
現在は国立美術館の一部として、絵画や
彫刻のギャラリーになっています。
内部は驚くほどに簡素でした。
3枚の写真を合成
■ 聖ヴィート大聖堂
930年、ロマネスク様式で建てられ
1344年には、ゴシック様式の改築工事が開始されました。
現在の姿になったのは、実に20世紀半ば!
大聖堂は全長124m、幅60m、天井の高さは33m。
正面入り口扉の上には1927年に完成されたバラ窓があり
使われたガラスは26,740枚だそうです。
20世紀初頭に建築された西側廊内には、左右6つの礼拝
堂があり、左3つのうち、一番奥の礼拝堂の窓には
(写真の)ステンドグラス 「 聖キリルと聖メトディウス 」 が
ムハ(=ミューシャ)によって描かれています。
この絵の中には、ムハの実の息子も登場しているんですよ。
■ 黄金小道
16世紀以降、場内に仕える
兵士や召使いが住んでいた
場所です。
その後、錬金術師が住みつ
いて、今の呼び名になりま
した。
小箱のような家が並ぶ中
22番の家は、作家カフカが
仕事場として使っています。
■ カレル橋
1402年に架けられたプラハ最古の橋。
19世紀まで、旧市街とプラハ城を結ぶ
橋は、この橋だけだったそうです。
全長515mの橋の欄干には、30体の
聖者や歴史上の人物が並んでいます。
像を見るだけでもなかなか楽しいですヨ。
■ 旧市庁舎
高さ70mの塔の南面に
ある仕掛け時計は、
1年で1周する天文時計。
毎正時には、キリスト12
使徒が現われます。
でも、呆気なく終わる…。
あまりの短さに写真を
撮り損ないました…。
■ ティーン教会
聖ヴィート大聖堂と並んでプラハで最も重要な
教会の1つで、旧市庁舎前の広場より少し奥ま
った場所にそびえています。
多くの小さな塔をあしらった80mの双塔の間に
マリア像が掲げられているため
「ティーン(=税関)の前の聖母マリア教会」
というのが、正式名称なのだそうです。
双塔は、アダムとイブを象徴しています。
■ 新旧シナゴーグ
13世紀に建てられ、16世紀に
新しい教会が建て増しされたの
で、このような呼び名になりまし
た。
内部の壁には、1389年の反ユ
ダヤ暴動でで殺されたユダヤ人
の血が飛び散っていて、これを
残しておくために、内装は当時の
ままになっています。
■ プラハと言えば!
日本語が驚くほど上手だったチェコ人の
ガイドさんの説明によると…。
この石畳の道と赤い屋根が、プラハの町の
特徴なんだって。